こんばんは、不定期にブログを書くようになった東谷です。


ちょっと今日は、会社とか法人とか、そういうビジネスな話です。



黒い企業、ありますよね。

私、今自分で会社立てて経営して、それとは別に会社員として勤務もしています。

ゴリゴリのダブルワークなわけです。


前職、そして現職。

職場は完全に白かと言われると、かなり言葉を濁すところがあります。

(夢幻制作合同会社は色んな意味で大丈夫ですが)

いや、正直に言って、「本当にクリーンな職場」などというのを求めるのは、社員からすれば難しいところが多々あるのだと思います。

しかし!

こういった「黒」をささやかれる企業が抱えている多くの問題は、「人間対人間のやり取りを前提とし、きちんと業務内容に見合った対価を払う」こと。

これだけで解決すると思います。



少し話はそれますが、マネジメント論の中に、X理論・Y理論というものがあります。

X理論は「人間は怠惰な生き物だから、アメとムチで統制してやることで適切な仕事をする」というもの。

Y理論は「人間は本能的に素晴らしい仕事の成果を望むので、適切な条件付けさえ与えてやれば、あとは自発的に成果を求めて行動する」というもの。

私のように低俗な人間は、「給料がもらえればもらえるほど仕事への意欲が上がる」という、典型的なX理論型人間でしょう。

ただ、小説を書くとか、ゲームシナリオを構築するといった、本当に自分の好きなお仕事は、完全にY理論にのっとった動きをしていると思います。


黒っぽい会社は、どうやらこの辺の考え方がおかしくなっているのではないか、というところが、今日のキーポイント。


X理論による「アメとムチ」は、あくまでも「管理統制は行ったうえで、仕事で成果を上げた場合は報酬を、失敗した場合は叱責を」という方針で行われます。

しかし、よく見かけるのは、こういうもの。

「管理統制はしっかりと行う。仕事で成果を上げるのは社員として当然。失敗した場合は叱責する」

これだと、ベースの管理体制はX理論に依存。

成功した場合はY理論に、そして失敗した場合はX理論に対しての反応になっています。


X理論で動いている人間は「成功したのに褒美がない!」という、まさに鎌倉末期の武将状態(伝わるのかコレ)。

Y理論で動いている人間は「管理するだけしておいて、失敗したら俺の責任?」と思いますよね。

こうなると、上長への不満が膨れ上がっていくだけではないでしょうか?


X理論でしっかりと人を動かしていくなら、それ相応の報酬は必要だし、Y理論依存のような「やりがい」という言葉は排除していく必要があると感じます。

X理論を推進しているということは、そもそも自社の社員にY理論を実践するような人間性を期待していない、ということに他なりませんし。

加えて、X理論推進であればどんなことをしてもいいのかというと、そういうわけでもありませんよね。

モラハラ・パワハラ・セクハラは、現代社会では、仮にX理論をゴリゴリに押している会社であっても違法行為です。


一方で、Y理論を中心に体制を構築したいなら、管理統制は各自の性善説に基づくのが理想でしょう。

そしてX理論、Y理論のいずれにせよ、成功には第三者からの報酬たる給与が、各自の働きに応じて適切に分配される必要があるはずです。



私は今後も経営を続けたいと思う一企業の、仮にもトップ(同時にボトムだけど)の人間として、Y理論をしっかりと実践できる体制を作るために、考えていくことはたくさんあると感じています。

それだけに、今は様々な企業の状態を見て、勉強を重ねていきたいとも思っています。

『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ。』

山本五十六の名言ですが、まさにその通りでしょう。

褒められなくても人は動きますが、「気持ちよく」は動いてくれない。

Y理論で行動してもらえる社員を増やすために、中小企業ができることはまだまだあるのではないかと、そう感じています。



うーん、しばらくぶりにまじめだったなー。

明日槍とか降るかもしれない。みんなごめん。



それでは、おやすみなさいませ。


東谷